Jazz

ジャズの拡張

Roy Hargroveヒップホップロイ・ハーグローブ細川周平

「これはジャズ、これはヒップホップ」

こうした、”どこまでがジャズなのかを線引きすること”は、これまで論争になったほど語られてきた。

スイングまでしか認めない人、ビバップまでしか認めない人、フリーまでの人、ブラックミュージックまでの人と多様な嗜好が混在し、線引きは今もなお、多様化が進んでいる。

いわゆるジャズ評論家の間で、激しく行われてきた議論の本質は、まさしく”ジャズの定義”にあって、多くのオーディエンスが、こうした論争を繰り広げるジャズ評論家に共感してきたのは、紛れもない事実である。

また、こうした議論は音楽家の中でも度々話題に上がる。

私たちは、あるいは彼らは、どういったジャンルの音楽シーンを生み出しているのだろうか。そして、私たちは、あるいは彼らの音楽はジャズであるのかどうか。

 

そのような中、縦の音楽的視点、すなわちリズムからの切り口で、ジャズかそうでないかの線引きは普遍化しつつあるように私は感じる。

特に叫ばれた共通項として、”シンバルレガートで繰り出される4ビート”が刻まれていれば、多少「正統派」と呼ばれるジャズから逸脱していても、多くの人々はジャズであるという項で認識しただろう。

その証拠に、『ジャズを放つ〈洋泉社〉』において、音楽学者の細川周平氏は以下のように執筆している。

 

『ジャズのドラムセットは30年代以来ほとんど変わっていない(ロック、フュージョンの大がかりなセットとの対比)。これさえ(シンバルレガートで繰り出される4ビート)守っていれば、かなりの人がそれをジャズと認めるだろう。しかし60年代には「難解な」フリーリズムのジャズが生まれ、70年代にはいって8ビート、16ビートが盛んになり、それらもまた寛容にもジャズの仲間にいれてやろうということになったとき、ジャズの枠組みが崩壊していった。』
『4ビートジャズはずいぶん前に衰退した。モダンだったのがクラシックになってしまった。4ビートが必要なのではなく、それで十分だという演奏家、現在ジャズを演奏する若い人たち全てがそうだとは思わないが、一般的にいって、祭りの後のもうひとがんばり、というようなシニカルな見方しか今のぼくにはできない。』