Musician

Scott Lafaroに迫る。第5章

Scott Lafaroキャノンボール・アダレージェフ・キャンベルスタン・ゲッツ

(画像:Geneva Historical Society引用)

 

この章では、ビル・エヴァンス・トリオに在籍していたスコットが残した作品に触れていこうと思う。

ビルと残した演奏はスコットの集大成である。
出来ればリバーサイド4部作+ラジオ音源の収録曲1曲ずつ解説していきたいが、長々と書くより、何曲か自分の好みに絞って深く解説していきたい。

まずはリバーサイド4部作のうち、1作品目となる”Portrait in Jazz”から”Autumn Leaves”

Autumn Leavesといえば、ジャズマンなら誰もが知るスタンダードであり、参考音源としてエヴァンスのこの音源を取り上げる人が多いだろう。

しかし、もともとシャンソンの代表曲である、”Autumn leaves” “Les Feuilles mortes”をジャズの世界に持ち込んだのは、エヴァンスが初めてではない。
52年にスタン・ゲッツがジャズとしてこの曲をLPに吹き込んで以来、キャノンボール・アダレーなど多くのミュージシャンがこの曲を演奏してきた。

しかしエヴァンスAutumn Leavesは、ラファロ、そしてポールの対話的な即興という面で、革新的なのである。

この音源のベースラインには、スコット出現以前の伝統的な面と、スコット出現以後の革新的な面が同居していると言える
テーマAセクションにおける、2フィールは伝統的な2分音符の演奏に囚われることなく、それを装飾する活発なリズムとラインを演奏する。しかし曲がBセクションに入ると、伝統的で装飾の少ないウォーキングラインへと変化する。
この変換は極めてシームレスであり、そこにポールのドラムがピタリとついてきている。
そしてスコットとポール、両者のプレイはビルの演奏する主旋律とハーモニーを邪魔することは一切ないのである。
この伝統的なウォーキングのベースラインはスコットが慣例的にベース奏者の機能、期待されていたことをよく知っていたということを示している。ジェフ・キャンベルは、スコットの自伝への寄稿として、Autumn Leavesと同じく、装飾的なリズムを使わないウォーキングによって演奏されている”Peri’s Scope”のベースラインについてこのように述べている。

「この曲は、短命に終わったこのトリオの初期に録音されており、彼らがまだピアノトリオの伝統的な慣例に従うことに満足していたとする推測は理にかなっている。」

引用:『スコット・ラファロ その生涯と音楽 翡翠の夢を追って』ヘレン・ラファロ・フェルナンデス著 第14章 スコット・ラファロの音楽Ⅱ

テーマが終わると、スコットとビルの相互作用的なパートに入る。

スコットのソロかと思えば、ビルがそのプレイに追いつくように演奏する。
そこには主旋律という概念は存在しない。
なぜなら彼らは互いの演奏に作用されつつも、相手のプレイをコピーしたりはせず、全く違った旋律とリズムを弾いており、どちらがどちらに影響を与えているかも分からないからである。
あるフレーズを片方が演奏し、それと似たフレーズをもう片方が演奏するというインタープレイの在り方では、「主」と「副」という二分化が生じる。
しかしこれは互いに影響しあい、「君がこう弾くならこう弾こう」相互作用的で対話的としか言いようがないプレイなのである。

先に挙げたジェフ・キャンベルも

「即興の部分ではラファロとエヴァンスとの間に繰り広げられる真に対話的なドュエットがフィーチャーされ、最後にはより伝統的なウォーキング・ベースにサポートされたピアノソロへと姿を変えている」

と述べている。
引用:「スコット・ラファロ その生涯と音楽 翡翠の夢を追って」 ヘレン・ラファロ・フェルナンデス著 第14章 スコット・ラファロの音楽Ⅱ


そして、次に紹介しておきたいのは、”Waltz for Debby”より”My Romance”だ。

この曲も同様に、スコットの自由で柔軟なフレーズから、ソリッドで伝統的なウォーキングへと移行する。
ライブ録音であるこの音源は、トリオ全体の音がとても綺麗に録音されており、彼らの最初の2作品にあった、トリオとしての未完成さは感じさせず、ドライブ感がある。
ソロ中のスコットのフレーズは極めてメロディアスであり、自分もそれに合わせて歌いたくなるようなフレージングである。
そしてそのメロディアスさゆえ、それがとてもテクニカルなプレイであることを忘れさせてしまう。

 

(文:矢吹真吾 編集:濱田真秀)