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なぜマイルス・デイヴィスは売れたのか

Miles Davis マイルス・デイヴィス

現代ではマイルスの凄さはわかりにくい

ジャズをあまり聴いたことがない人でも、「マイルス・デイヴィス」という人名だけは知っているということがしばしばあるほど、マイルスの影響力は今日も物語っていると言えます。

しかし、現代において、マイルスの凄さを感じる難易度は高い印象が見受けられます。
というのも、オンライン上で音楽を聴くことが主となった時代では、全ての音楽が画面横一線に並ぶからです。

Spotifyなどで音楽ジャンルから音楽を探す際には、ロック、ポップの隣にジャズがきます。ブラックミュージックを検索する際に、ブルーノマーズやマイケルジャクソンといった並びにマイルスの音楽が並ぶ世界がインターネットです。
また、現代の音楽チャートを分析すると楽しく軽快な音楽や疾走感のあるかっこいい音楽などが上位にありますが、マイルスの曲は、楽しい旋律というよりかは、どこか暗くシリアスな魂の叫びといった感じが多いです。

それでもなお、マイルスの音楽は売れ続けており、今回はなぜマイルス・デイヴィスは売れたのかを考察していきたいと思います。

サウンドのオーラを追求したから

マイルスのトランペットの音色を聴いただけで、マイルスだとわかる人もいるくらい、マイルスのトランペットの音色は、他のプレイヤーのトランペットの音色と比べて、特徴的です。
しかし、これだけではありません。
マイルスが求めていたサウンドにおけるオーラは、より深いところまで追求されています。
たとえば、ジャズスタンダードナンバーである「枯葉」という曲の旋律を思い浮かべるとき、マイルスのトランペットの強烈な音色が紐づきます。
これは、枯葉という曲を通してマイルスが考える自分の強みを最大化していると分析できます。
その当時、流行っていたビバップと呼ばれるムーブメントでは、難易度の高く派手で音数の多いフレージングが炸裂するスタイルでしたが、マイルスは、こうしたフレーズを吹きまくることを得意としませんでした。
だからこそマイルスは、少ない音数で説得力のあるフレーズを自分の強みとして、自分にしかできない音楽を確立させていきました。
そんなマイルスが演奏した枯葉という曲は、マイルスが演奏したことによって、枯葉がジャズスタンダードナンバーの一つとして、多くのミュージシャンが演奏するようになったと言っても過言ではありません。
しかし、枯葉だから素敵な音楽というより、マイルスの確立させた、少ない音数で説得力あるスタイル、すなわちサウンドのオーラ、ムードといったものを追求する上で枯葉が一つの題材であったからこそ、価値があったのだと分析できます。
またこれは、アコースティック期のマイルスだけでなく、エレクトリック・マイルスにも言えるのではないかと思います。
ロック等を様々なジャンルの音楽を取り入れても、マイルスでしか表現できない魅力を徹底的に追求しており、それはジャズという範疇を超えていることから、ジャズという音楽の拡張的な視点が生まれました。
こうしたことからサウンドのオーラを追求したことはマイルスが売れた理由の一つであると言えます。

Autumn Leaves

唯一無二のカリスマ性があったから

マイルスは、生涯を通して様々なスタイルの音楽を生み出したミュージシャンですが、そこに一貫しているのが「いかにして自分がカッコよく見える音楽をやるか」ということです。
それは、自分の得意不得意を徹底的に分析し、コルトレーンやパーカーのような吹きまくって吹きまくるスタイルで一世を風靡した世界では到底敵わないと解析した上で、吹きまくれない弱みを強みにするべく、あえて吹かないことがマイルスの凄さとなりました。
マイルスの音楽には、休符的な「間」が存在します。通常、どのような演奏をするかと考える場合、どのように吹くか、弾くか、どんな音を出すか、といったように、音を鳴らすことに焦点を当てますが、マイルスは音を鳴らすことと同等に音を鳴らさないことにも焦点を当てました。
こうしたように、マイルスは他のプレイヤーとの差別化を体現し、強烈な存在感を示したことから、カリスマとしてファンに愛されていきました。
また、マイルスは演奏だけでなく、ステージング面における立ち振る舞いや積極的に多様な音楽ジャンルを取り込む行動力、ブレずに自分の音楽を突き通すといった高い自己肯定感、常に冷静でリーダーシップがあるなど、そのカリスマ性は圧倒的であったと分析できます。

Miles Davis – Burn

圧倒的なプロデュース力があったから

マイルスは自身の演奏の内容だけではなく、常にバンドとしてのサウンドを追求していました。
その中でも、マイルスが舵を取るマイルス・デイヴィスバンドのメンバーをプロデュースする力は圧倒的で、常に若手の能力を見抜き、伸ばしていきました。
たとえば、1960年代後半から70年代前半にかけて、ピアニストのチック・コリアやキース・ジャレットを起用したり、80年代に入ると、ベーシストのマーカス・ミラーや、ギタリストのマイク・スターンを起用しましたが、起用した当時は今ほどではなかったものの、現在はレジェンド的プレイヤーとして、君臨しています。
このように、マイルスは、自分よりも若いプレイヤーの情熱やアイディア、価値観、柔軟性に焦点を当て、積極的に若手を採用しました。

Miles in Paris 1989