【紹介・解説】ルイ・アームストロングってどんな人?おすすめの名盤5選

「ルイ・アームストロングってどんな人?」
「ルイ・アームストロングってどこがすごいの?」
「おすすめの名盤が知りたい!」

「ジャズはあまり詳しくない」という人でも、ルイ・アームストロングという名前は聴いたことがあるのではないでしょうか。

ルイ・アームストロングは、20世紀を代表するヴォーカル&トランペット奏者で、代表曲に「この素晴らしき世界(What a Wonderful World)」「バラ色の人生(La Vie En Rose)」などが挙げられます。

特徴的なダミ声と明るいキャラクターで、サッチモという愛称で親しまれ、その人気はジャズという音楽ジャンルを超えて幅広いファンに愛されています

プロフィール

1901年8月4日、米ニューオーリンズ・ジェーンアレイ生まれのアフリカ系アメリカ人ジャズ・ミュージシャン/トランペッター。“サッチモ”の名で広く親しまれている。10歳頃よりヴォーカル、14歳からトランペットを始める。23年、師と仰ぐキング・オリバーのバンドで初録音、翌年にニューヨークへ進出。25年にはシカゴに戻り、初リーダーを含む録音をする。35年以降はは自己のビッグバンドを率いても活動。ジャズ・ヴォーカルの開祖的なシンガーとしても著名。71年7月6日、ニューヨークで死去。
(CDジャーナル https://artist.cdjournal.com/a/louis-armstrong/135276 より)

番場海史
こんにちは!
jazz2.0編集部の番場です。
紅白歌合戦やNHKサッカーのテーマソングなどを手掛けた大人気バンドSuchmosのバンド名はルイ・アームストロングの愛称Sutchmoに由来するらしいです。

というわけで今回は、「ルイ・アームストロングのどこがすごいのか」「おすすめの名盤」「人生・生涯」などから、ルイ・アームストロングがどんな人なのか紹介していきたいと思います。

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ルイ・アームストロングのココがすごい!

「What a Wonderful World」など数々の名曲

ルイ・アームストロングは、数々の名曲を生み出していますが、中でも最も有名な曲が「What a Wonderful World」です。
曲名を知らなくても、誰もが一度は聴いたことがあるのではないでしょうか。

1968リリース当初はアメリカではあまり受けなかったようですが、イギリスでの評価が高く、全英チャート1位を記録しました。
その後、20年ほど経った1987年にアメリカ映画『グッドモーニング, ベトナム』の劇中歌に起用され、全米チャート32位を記録するリバイバルヒットとなりました。
日本でも、いくつものテレビCMや映画に起用されています。

現在でも、国内外で様々なアーティストにカバーされる、時代を超えた名曲です。


「What a Wonderful World」以外でも、アルバム「ハロー・ドーリー!」は1964年に全米ナンバー1を獲得し、当時ヒットチャート1位を独占していたビートルズの記録をストップさせるほどの人気を誇りました。

その他にもフランスのシャンソン音楽をジャズ風にアレンジした「バラ色の人生」やディズニーの曲を取り上げた「サッチモ・シングス・ディズニー」など、ジャンルにとらわれず数々の名作を生み出しています。

新たな手法”スキャット”の生みの親

ジャズの曲を聴いていると、ヴォーカリストが「ドゥビドゥバ」「シャバドゥビ」のように歌詞のない歌を歌うことがあります。

これがスキャットです。

このスキャットという手法を生み出したのが、ルイ・アームストロングだと言われています。


スキャットの生まれたストーリーには諸説ありますが、ルイ・アームストロングがレコーディング中に歌詞カードを落としてしまい、適当な歌詞で歌ったものが予想以上に良い出来で、そのままアルバムにしてしまったのが始まりだと言われています。

それをきっかけにして、管楽器奏者がアドリブソロを取るようにヴォーカリストもスキャットでソロを取るようになったそうです。

凄腕のトランペット奏者

ルイ・アームストロングは、ジャズ・ヴォーカリストとしての印象が強いですが、彼はもともとはトランペット奏者です。

彼のトランペットの腕は、現在でも引けを取らないと言われるほどのものでした。

ルイ・アームストロングのトランペットのテクニックについて、過去9回に渡ってグラミー賞を受賞している世界的ジャズ・トランペッター、ウィントン・マルサリス

「色々なトランペット奏者の良い所を盗もうとしたけど、アームストロングだけは盗めなかった。とにかく凄すぎるからさ」

とコメントしているほどです。

ルイ・アームストロング以降のジャズ・トランペッターの多くが、彼の影響を受けていると言っても過言ではないでしょう。

素晴らしいエンターテイナー

ルイ・アームストロングは、ミュージシャンとしてだけではなく、役者、文学の分野にも大きな影響を与えました。

役者としては、『5つの銅貨』、『上流社会』『ハロー・ドーリー』などの作品に出演しており、なかでも『5つの銅貨』という作品は、アカデミー歌曲賞、作曲賞、撮影賞、衣裳デザイン賞にノミネートされるほどの作品となりました。

ルイ・アームストロングは、文筆の世界でも才能を発揮し、『Swing That Music』『Satchmo – My Life in New Orleans』『In His Own Words』といった作品を残しました。

番場海史
ルイ・アームストロングは、音楽以外にも様々な活動をしていますが、その全てに共通しているのは、「人を楽しませる」ということです。
そういった活動全般が「エンターテイナー」として高い評価を受けています。

人種差別への抵抗

ルイ・アームストロングは、人種差別に対する反対をおこなったアーティストでもありました。

黒人への人種差別が過激になっていた1957年、公民権運動の発端にもなるリトル・ロック高校事件がおきました。
その際に、ルイ・アームストロングは、事態を解消することができない大統領に抗議して、政府主催のソビエトへの親善ツアーをキャンセルしました。

当時、批判の激化をおそれた多くの黒人のアーティストが人種差別への抗議を表明できなかった状況での勇気ある行動でした。

他にも、ベトナム戦争に対して「この素晴らしき世界」をリリースしたり、アカデミー賞を辞退したり、様々な政治的な意思表明をおこなっています。

受賞歴・功績

すぐれたエンターテイナーとしての功績に対する評価は絶大なもので、1999年LIFE誌が選ぶ「この1000年で最も重要な功績を残した世界の人物100人」へ選出、ジャズ演奏者として初めて「TIME」の表紙を飾るなど、歴史に残る偉業を成し遂げています。

また、10回に渡ってグラミー賞を受賞しており、1972年には”生涯の間に、音楽の分野において創造的貢献をはたし、芸術的に重要な意義のある貢献をしたパフォーマーに与えられる”特別功労賞生涯業績賞も受賞しています。

番場海史
ルイ・アームストロングがジャズを人気音楽にしたことで、「ジャズの在り方」を確立し、以降のジャズ史を方向付けたことも偉大な功績のひとつです。
それが「ルイ・アームストロングはジャズの原点」と言われる所以です。

ジャズの帝王マイルス・デイヴィスも、「アームストロングは喋りまでジャズになっている」と表現しています。

まとめ

ルイ・アームストロングのココがすごい

・「What a Wonderful World」が全英1位を記録
・「Hello, Dolly」がビートルズの記録を打ち破って全英1位を記録
・新たな奏法”スキャット”を生み出した
・現代でもひけをとらない凄腕トランペット
・映画や文学の世界でも活躍するエンターテイナー
・人種差別への反対意思を表明する政治的態度
・1999年LIFE誌が選ぶ「この1000年で最も重要な功績を残した世界の人物100人」へ選出
・10回にわたるグラミー賞受賞

おすすめの名盤5選

What a Wonderful World

基本情報

アーティスト:ルイ・アームストロング
リリース年:1968年
レーベル:GRPレコード

収録曲

1.What A Wonderful World
2.Cabaret
3.The Home Fire
4.Dream A Little Dream Of Me
5.Give Me Your Kisses (I’ll Give You My Heart)
6.The Sunshine Of Love
7.Hello Brother
8.There Must Be A Way
9.Fantastic, That’s You
10.I Guess I’ll Get The Papers And Go Home
11.Hellzapoppin’

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Hello, Dolly

基本情報

アーティスト:ルイ・アームストロング
リリース年:1964年
レーベル:Kapp

収録曲

Side 1
1.Hello, Dolly!
2.It’s Been a Long, Long Time
3.A Lot of Livin’ to Do
4.A Kiss to Build a Dream On
5.Someday
6.Hey, Look Me Over

Side2
1.I Still Get Jealous
2.Moon River
3.Be My Life’s Companion
4.Blueberry Hill
5.You Are Woman, I Am Man
6.Jeepers Creepers

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Porgy and Bess

基本情報

アーティスト:エラ・フィッツジェラルド、 ルイ・アームストロング
リリース年:1958年
レーベル:ヴァーヴ・レコード

収録曲

1.Overture
2.Summertime
3.I Wants To Stay Here
4.My Man’s Gone Now
5.I Got Plenty O’ Nuttin’
6.Buzzard Song
7.Bess, You Is My Woman Now
8.It Ain’t Necessarily So
9.What You Want Wid Bess?
10.A Woman Is A Sometime Thing
11.Oh, Doctor Jesus
12.Medley
13.There’s A Boat Dat’s Leavin’ Soon For New York
14.Bess, Oh Where’s My Bess?
15.Oh Lawd, I’m On My Way

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サッチモ・シングス・ディズニー

基本情報

アーティスト:ルイ・アームストロング
リリース年:1968年
レーベル:Buena Vista Records

収録曲

1.Zip-A-Dee-Doo-Dah
2.Ten Feet Off The Ground
3.Heigh-Ho
4.Whistle While You Work
5.Chim Chim Cher-ee
6.Bibbidi-Bobbidi-Boo
7.’Bout Time
8.The Ballad Of Davy Crockett
9.The Bare Necessities
10.When You Wish Upon A Star

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Louis Armstrong and King Oliver

基本情報

アーティスト:ルイ・アームストロング、キング・オリバー
録音年:1923年、1924年
リリース年:1992年
レーベル:Milestone

収録曲

1.Just Gone
2.Canal Street Blues
3.Mandy Lee Blues
4.I’m Going Away To Wear You Off My Mind
5.Chimes Blues
6.Weather Bird Rag
7.Dipper Mouth Blues
8.Froggie Moore
9.Snake Rag
10.Alligator Hop
11.Zulu’s Ball
12.Working Man’s Blues
13.Krooked Blues
14.Mabel’s Dream (Take 1)
15.Mabel’s Dream (Take 2)
16.Southern Stomp (Take 1)
17.Southern Stomp (Take 2)
18.Riverside Blues
19.Terrible Blues
20.Santa Claus Blues
21.Texas Moaner Blues
22.Of All The Wrongs You’ve Done To Me
23.Nobody Knows The Way I Feel This Morning
24.Early Every Morn
25.Cake Walking Babies From Home

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ルイ・アームストロングの生涯

幼少期

貧乏のどん底に産まれる

ルイ・アームストロングは1901年8月4日ニューオリンズのストーリー・ヴィルに生まれました。

当時のストーリー・ヴィルは、港町として栄えた政府公認の売春地域でした。

16歳のときにルイを産んだ母親は、幼い子供のためにストーリー・ヴィルで娼婦として働いていたようです。

父親は日雇いの現場で働いており、ほとんど家に帰ってくることはなかったと言われていますが、彼の父親がどこの誰なのかはわかりません。

食べるものも何もなく、人種差別が平然とはびこり、ナイフや拳銃が飛び交うような世界でどん底の生活をしていた、そんな幼少期でした。

人種差別と優しい白人

7歳のルイ少年は、日銭を稼ぐために石炭を運ぶ仕事につきました。

荷馬車で石炭を運ぶ際、彼はブリキのラッパを吹いてお客に荷が届いたことを知らせていたようです。
まだ音楽と呼ぶには似つかわしくないですが、これが彼のトランペットの原点なのかもしれません。

仕事の現場では、黒人たちが蔑まれ、奴隷としてこき使われていることを体感しました。

ルイの祖父らは奴隷としてアメリカ大陸に運ばれて過酷な労働を強制されていた人たちで、奴隷制度が廃止されたあとでもその名残りは色濃く残っていました。

そんな劣悪な環境のなかで、黒人であるルイに親切にしてくれる白人に出会いました。

石炭運びの仕事の雇い主であったロシア系ユダヤ人のカーノフスキー一家でした。

彼らはルイを、住み込みの子守として雇い、家や食事を融通するなど、親切に面倒を見ていました。

ルイはそこで初めて人間が平等であることを知ったと語っています。

少年期

少年院でのトランペットとの出会い

そんな環境で育ったルイは、ある日拳銃の発砲事件で逮捕されて、少年院に入れられることになりました。
発砲事件と言っても、遊びが度を超えて発砲してしまっただけで、人に向けて撃ったものではなかったようです。

そして、その少年院の更生プログラムの一環として、ブラスバンドでコルネットを吹くことになりました。(コルネットは、トランペットによく似た管楽器のこと)

それをきっかけに、ルイは音楽へと傾倒していったのです。

ジョー・キング・オリバーとの出会い

ちょうどその頃、ニューオリンズで大人気のバンドのリーダーでもあるジョー・キング・オリバーというコルネット奏者がストーリー・ヴィルで演奏していました。

ルイは、石炭運びの仕事で酒場に行くたびに、店の近くでオリバーの演奏を聴いていたそうです。

何度も演奏を聴きに来るルイは、やがてオリバーにも認識され、師弟のような仲になっていきました。

ルイ・アームストロングは後に、

「僕はジョー・オリバーが大好きだった。ジョー・オリバーと道に出くわした時は、教わるチャンスなんだ。ここはどうやるのって聞くと、必ず立ち止まって教えてくれた。他の連中とは大違い」

と語っています。

第一次世界大戦

ルイの音楽キャリアがいよいよ始まったと思った矢先、1914年に第一次世界大戦が始まりました。(ルイが13歳の時でした。)

戦時中、ルイの住んでいたニューオリンズは軍港として使われることとなり、ストーリーヴィルは閉鎖されてしまいました。

当然、ジャズが演奏されていた酒場やクラブも閉店へと追い込まれ、そこに住んでいる人々は北へと移動する他ありませんでした。

また当時、工業都市であったシカゴへ向かう列車は、毎日南部から職を求めて旅たつ黒人でいっぱいだったようです。

このとき、ジョー・キング・オリバーのバンドも例外ではなく、活動の拠点をシカゴへと移すことになりました。

青年期

クレオールジャズバンド

そんなとき、ルイのもとに、シカゴへと旅立ったジョー・キング・オリバーから一件の電報がありました。

「シゴトアリ。週給30ドル、スグコイ。」

こうしてルイは、ジョー・キング・オリバーがリーダーを務める大人気バンド「クレオールジャズバンド」のメンバーとなったのです。

幼い頃からジョー・キング・オリバーの演奏を聴いていたルイは、楽譜を見なくても演奏できるほどにオリバーの演奏を的確に捉え、完璧なデュエットを完成させました。


そんな2人の”名コンビ”はたちまち評判になり、町中の噂になるほどまでの人気を博しました。

初めてのレコーディング

クレオールジャズバンドの噂は、白人の間にも広まるようになり、レコーディングをすることが決まりました。

「Chimes Blues」

これがルイ・アームストロングの初めてのレコーディング作品になります。

通常のレコーディングでは、トランペットを中心にして、その周りにバンドを配置する形で録音されるのですが、

ルイの音は大きすぎてレコーディング室のドアの外の廊下に立って演奏したそうです。

ルイの迫力があって堂々とした演奏は、強烈なソロプレイヤーがバンドを引っ張っていく、

これからの時代のジャズの前兆であったと言えます。

最盛期

ニューヨークへ

レコーディングの成果もあってか

「クレオールジャズバンドに若い天才トランペッターがいる」

という噂は、シカゴだけにはとどまらず、州を超えてニューヨークにまで届きました。

その噂を聴きつけてルイにオファーを出したのは、フレッチャー・ヘンダーソン楽団でした。

フレッチャー・ヘンダーソンはピアニストであり、バンドリーダー、作曲家、編曲家としてビッグバンドジャズを牽引してきた「ビッグバンド・ジャズの父」と呼ばれるほどの人物です。

ルイはそのオファーを受け、師匠であるジョー・キング・オリバーのもとを離れてニューヨークに旅たつことを決心しました。

田舎者のルイは大都会ニューヨークの人から見ると、服装や振る舞いが地味に見えたようですが、

ひとたびトランペットの音を出すと、観客を圧倒するようなオーラを放ちました。

このようにしてルイは、フレッチャー・ヘンダーソンのもとでスウィング・ジャズのプレイスタイルを身につけ、演奏に磨きをかけていったのです。

大人気エンターテイナー”サッチモ”

その後は、自身のビッグバンドの他に、少人数バンド「Hot Five」を結成し、ビッグバンドにはできない表現にも挑戦しました。

スキャットを用いたヴォーカルが初めて録音されたのも、このバンドでした。

ヴォーカリストとしてのキャリアが始まると、

ルイが大きく口を開けて歌う様子を「satchel mouth(がまぐち)」と表現したことから、

「サッチモ」という愛称が付けられ、親しまれるようになりました。

(由来は諸説あります。)

それ以後も「What a Wonderful World」や「Hello, Dolly!」などの名作を生み出したり、

007シリーズの第6作「女王陛下の007」の挿入歌を担当したり、

ベッシー・スミス、エラ・フィッツジェラルドなどのアーティスト共演したり、

様々な活動をしました。

その活動の幅は、音楽だけにとどまらず、俳優として映画に出演、自伝を執筆するなど、エンターテイナーとして多岐に渡って活躍しました。

まとめ

いかがだったでしょうか。

貧困と差別の中で育ったにもかかわらず、明るいエンターテイナーとして振る舞うルイ・アームストロングの姿には、感動をかくせません。

アーティストのバックグラウンドを知ると、その表現をより深く味わうことができます。


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